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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)9724号 判決

原告 都興産株式会社

同告 第七商工株式会社

右原告両名訴訟代理人弁護士 山田幸男

被告 薄井薫

右訴訟代理人弁護士 永野謙丸

同 真山泰

同 鈴木忠一

同 太田夏目

右訴訟復代理人弁護士 塚田斌

被告 三沢四郎

右訴訟代理人弁護士 柏木薫

同 川津裕司

右訴訟復代理人弁護士 清塚勝久

主文

一、被告らは原告都興産株式会社に対し連帯して金五、二九七、〇〇二円および右金員のうち金九〇二、五一〇円に対する昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、金四、三九四、四九二円に対する同年一一月一八日から支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

二、被告らは原告第七商工株式会社に対し連帯して金九、六一九、五五七円および右金員のうち金四、〇九七、四二三円に対する昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、金五、五二二、一三四円に対する同年一〇月一八日から支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

三、原告両名のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

五、第一、二項については仮に執行することができる。但し、被告薄井薫および同三沢四郎は連帯して、原告都興産株式会社に対し金二〇〇万円、原告第七商工株式会社に対し金三五〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一、双方の申立

一、請求の趣旨

(一)原告都興産株式会社

被告らは原告都興産株式会社に対し連帯して金五、八八六、六八〇円および右金員のうち金九八〇、二五〇円に対する昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、金四、九〇六、四三〇円に対する同年一一月一八日から支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

右判決に対する仮執行の宣言を求める。

(二)原告第七商工株式会社

被告らは原告第七商工株式会社に対し連帯して金一〇、七三五、二四九円および右金員のうち金四、五六九、一九九円に対する昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、金六、一六六、〇五〇円に対する同年一〇月一八日から支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

右判決に対する仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告らの各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求める。

第二、双方の主張

一、請求原因

1.(イ)訴外光輝産業株式会社(以下光輝産業という。)は、昭和四四年三月一〇日から同年七月一五日までの間、別紙目録(一)(二)記載の約束手形二二通を訴外住吉昭男宛に振出した。原告都興産株式会社(以下原告都興産という。)は同目録(一)(1)、(2)、(10)ないし(16)記載の約束手形九通を右住吉から同目録割引日欄記載の日にそれぞれ手形割引により裏書譲渡を受けて現に右各手形を所持しており、原告第七商工株式会社(以下原告第七商工という。)は、同目録(一)の(3)ないし(9)および同目録(二)の(2)ないし(6)記載の約束手形合計一二通を右住吉から同目録割引日記載の日にそれぞれ手形割引により裏書譲渡を受け、また、同目録(二)の(1)記載の約束手形一通(右住吉より吉田長一郎へ裏書記載のあるもの)を右住吉を介して同目録割引日欄記載の日に手形割引によりいずれも裏書譲渡を受けて現に右各手形を所持している。

(ロ)しかるに、原告らは、光輝産業が昭和四四年七月末に支払不能の状態に陥り、その頃手形不渡処分を受けて倒産したため、右各所持する手形の支払を受けられなくなった。

2.光輝産業は昭和二九年三月に設立され、オルゴール取付製品・宝石箱・化粧箱等の製造販売を営み、訴外杉本博治が代表取締役として経営にあたってきたものであるが、昭和四二年ごろから工場の移転、設備の拡張等のため多大の借入資金を投入したため資金操作が困難となり、取引先との間に融通手形の交換、手形の支払期日の延期等により急場を凌いでいたものの昭和四三年には杉本のみでは右事態を打開できない状態となった。そこで、右会社の経営建直しのため昭和四三年一一月二日、同会社の主力取引金融機関である訴外振興信用組合の組合員である被告両名を同社の取締役として迎えることとなり、被告薄井が新たに同会社の共同代表取締役に、また、被告三沢が同社の取締役に各就任するに至った。

3.(イ)被告薄井は光輝産業の資金不足にこたえて、右役員就任当時金五〇〇万円を、また、被告三沢は同じく金一〇〇万円を各融資し、会社の経営についても杉本と被告両名の合議制をとっていたが、昭和四四年初頃からは経営の実権は順次被告両名に移るに至った。

しかし、光輝産業の資金不足は、その後においても改善されず、なおも悪化の傾向を辿り、同会社の昭和四四年一月ないし七月までの毎月の支出は各収入を遙かに上まわり、しかも、その支出の七、八割が支払手形の決済にあてられており、同会社はその資金不足を専ら融通手形の割引や借入金によって補充する外に手段のない状態にあった。

(ロ)そこで、被告両名は、光輝産業に対するさきの融資金回収のためには同社の倒産を極力避ける必要があるところから、同社の支払能力を無視して融通手形を振出して運転資金を調達することを計画し、同社の取締役住吉昭男と共謀して、同社振出の融通手形を右住吉の経営するエース化成工業所に対する商品代金の支払のために振出された、いわゆる商業手形のように装って、受取人をいずれも住吉昭男の形式の別紙(一)および(二)記載の各約束手形を、満期日における支払が不能となることを予知し、かつ、それに対する資金計画も立てずに光輝産業代表取締役杉本博治名義で振出し、右住吉をして前記1の(イ)記載のとおり原告らに対し、商業手形である旨称してその割引を依頼し、その旨原告らを誤信せしめよって、別紙目録(一)および(二)記載の割引日欄記載の各割引日に、各手形割引名下に、原告都興産より別紙目録(一)の(1)、(2)、(10)ないし(16)記載の手形九通を手形金額から日歩七銭五厘の割引料を差引いた金額、また、原告第七商工より同目録(一)の(3)ないし(9)ならびに同目録(二)記載の手形一三通を手形金額から日歩八銭の割引料を差引いた金額を各騙取した。その結果原告らは支払日には手形金額の支払を受けるものと信じていたので手形金額相当の損害を蒙るに至った。

(ハ)仮に、右のような欺罔の事実が認められないとしても、被告らとしては、光輝産業の代表取締役または取締役として同社の前記経営状況からすれば、本件各手形振出当時客観的にすでに資金操りに行き詰り、本件各手形を発行しても、その決済を期待しえない状況にあったのであるから右各手形の発行を中止し、もって、第三者に損害を与えないよう未然に防止すべき注意義務があるところ、被告らは右経営状況の把握を十分になさず確実な長期資金計画も建てないまま、漫然と支払が可能であると軽信した重大なる過失により本件各手形を乱発して、原告らをしてそれらを割引かせたものである。

以上のしだいで被告らは、(ロ)あるいは(ハ)記載の行為により原告らに対し原告らの所持する手形金額相当の損害を与えたものであるから、民法第七〇九条、商法第二六六条の三第一項前段により原告らに対し連帯して右損害を賠償すべきである。

4.よって、原告都興産は被告らに対し連帯して別紙目録(一)(1)、(2)、(10)ないし(16)記載の約束手形九通分の手形金額相当の損害金合計金五、八八六、六八〇円および右手形のうち同目録(一)(1)、(2)記載の手形金相当の損害金九八〇、二五〇円に対する本訴状送達の翌日である昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、同目録(一)(10)ないし(16)記載の手形金相当の損害金四、九〇六、四三〇円に対する右各手形の支払期日中最後の支払期日である同年一一月一八日から支払ずみまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、また、原告第七商工は被告らに対し連帯して別紙目録(一)3ないし9および同目録(二)記載の約束手形一三通分の手形金相当の損害金合計金一〇、七三五、二四九円および右手形のうち同目録(二)記載の手形金相当の損害金四、五六九、一九九円に対する本訴状送達の翌日である昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、同目録(一)(3)ないし(9)記載の手形金相当の損害金六、一六六、〇五〇円に対する右各手形の支払期日中最後の支払期日である同年一一月一八日から支払ずみまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5.(イ)さらに被告薄井には、前記3記載の責任のほか光輝産業の代表取締役として同社の他の代表取締役杉本、取締役住吉および会計担当の従業員に対する監視義務を怠った結果、原告らに対し前記のような損害を与えたものであるからこの点からも、原告らの蒙った前記損害を賠償すべき義務がある。すなわち、被告薄井は光輝産業の代表取締役として、他の代表取締役、取締役その他の従業員が会社経営に関連して違法な行為をしないよう監視し、違法な右行為により会社または第三者の蒙るべき損害の発生を未然に防止し、もって会社の業績ないし財産の維持確保に努力すべきであるのに、他の代表取締役である杉本が光輝産業と競業関係にある新会社の設立を画策しているのを看過したのみか、杉本が光輝産業の製造部門および販売部門を新たに設立した新会社に移行しているのに、これに対し原状回復に必要な措置を講じなかったし、また、取締役杉本三智夫が同人の経営する訴外八重興産株式会社の債務の支払に充当するため光輝産業の約束手形の用紙、代表印を冒用し、同社振出の手形を発行するのを看過したため同社は総額九三二万四七〇〇円の手形金を支払わざるを得ない破目となった。このように被告薄井の代表取締役としての監視義務違背によって光輝産業はその業績が悪化し資金逼迫の状態におちいりついに前記のとおり支払を停止せざるをえなくなった。したがって、被告薄井は自己の職務を行うにつき重大な過失をおかし、それによって光輝産業を支払停止の状態にさせたというべきである。

原告らは被告薄井の右重大な過失によりその所持する約束手形金の支払を受けなくなったものであるから被告薄井は原告らに対し、商法二六六条の三第一項前段により前記4記載の損害を賠償する義務がある。

(ロ)仮に、前記(イ)記載の事実だけでは、被告薄井の損害賠償義務を認めるに十分でないとしても、右事実に前記3記載の事実を考え合わせると、同被告が光輝産業を放漫経営をしたため原告らに前記損害を与えたというべきである。

二、請求原因に対する被告らの答弁および主張

(一)(被告薄井の答弁)

請求原因1(イ)の事実は不知、同1(ロ)の事実を否認する。

同2の事実中光輝産業の設立年月日、営業目的が原告ら主張のとおりであること、杉本が代表取締役であったこと、被告両名がそれぞれその主張のように光輝産業の役職に就任したことはいずれも認めるが、その余は否認する。

同3、同5の各事実はいずれも否認する。

(二)(被告三沢の答弁)

請求原因1(イ)の事実は不知、同1(ロ)の事実は否認する。

同2の事実中光輝産業の設立年月日、営業目的が原告主張のとおりであること、杉本が右会社の代表取締役として同社の経営にあたっていたこと、被告らが振興信用組合の組合員であり、原告主張の日にそれぞれ光輝産業の役職に就任したことはいずれも認めるが、その余は否認する。

同3の事実は否認する。

(三)(被告らの主張)

(1)杉本博治は、被告両名が地元の町田市における長老格の有力者で、かつ、光輝産業の取引金融機関である訴外振興信用組合の理事あるいは監事の役職にあったことから、金策のため被告両名を利用することを目的として光輝産業の経営に参加するよう懇請したが、被告らとしては杉本の右意図を知らず被告薄井は非常勤の代表取締役に、被告三沢は同じく非常勤の取締役に就任した。ところが、右杉本は光輝産業の事業が有望なことを強調して被告らに光輝産業育成に対する意欲をもたせ、被告らをして取締役としての責任上資金を調達せねばならないような状況におちいらせ、その結果被告らにおいて光輝産業に融資した金額は被告薄井は一七、三八〇、〇〇〇円、被告三沢は一五、七二〇、〇〇〇円の多額に達した。このように被告らは光輝産業の倒産など夢想だにせず融資までしたのであるが、昭和四四年六月七日における取締役会の際初めて光輝産業の資金操作に不安を抱くようになり、同月二四日の取締役会において支払手形の明細表を提出させた。被告らは右資料により杉本らが融通手形を発行していることをはじめて知り、それ以降そのような右手形の振出を一切禁じたが、その後においても被告両名の関知せぬまに融通手形が発行されたものである。以上のように被告らは光輝産業の経営維持のため最善を尽したものであるから、本件手形の発行およびその割引については被告らが責任を負ういわれはない。

(2)また、本件手形のうち別紙目録(一)、(3)、(4)、(6)、(11)、(12)、(13)、(15)、(16)、同目録(二)(1)、(3)、(6)記載の各手形は、原告ら主張のように光輝産業が自己の資金調達のため原告らから割引を受ける目的で振出した手形ではないから、これらについて被告らが責任を負う理由がない。

三、被告三沢の抗弁

仮に原告らの主張が理由あるとしても、原告第七商工は本件各手形を割引くに際し、単にその振出しの有無を光輝産業に連絡して確認したのみで、右手形の支払についてそれ以上の具体的調査方法を尽さず、住吉昭男の言を漫然と信用して手形割引に応じたものであり、さらに原告都興産は、原告第七商工の被用者訴外荒木由雄の言を信じ、本件各手形の振出原因等その支払についての調査をせずに割引に応じたもので、原告らにも本件損害発生につき過失があるといわねばならないから、本件損害賠償額の算定にあたって右過失を斟酌すべきである。

四、被告の抗弁に対する原告らの答弁

被告三沢主張の抗弁事実は否認する。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、原告らの請求原因1の(イ)、(ロ)記載の事実については〈証拠〉によって、これを認めることができ、右認定を覆するに足りる証拠はない。

二、そこで、光輝産業振出の手形不渡にによる原告らの蒙った損害につき、被告らがその賠償責任を負うか否かにつき検討する。

(一)まず、原告らの主張によると、住吉昭男を介しての本件手形の割引行為は、被告らと住吉昭男との共謀による詐欺行為であるというが、右主張に添う〈証拠〉に照らして措信できず、他に、右主張を認めるに足りる証拠もない。

(二)次に、原告らは、原告らの蒙った右損害は被告らが光輝産業の代表取締役ないしは取締役としての注意義務を怠った重大な過失に基づくものであると主張するので考える。

(1)まず、光輝産業は、もと杉本博治のみが代表取締役であったが原告ら主張の日に被告薄井が右杉本と共に右会社の共同代表取締役に就任し、また、被告三沢が右同日同社の取締役に就任したことはいずれも当事者間に争いがない。

(2)そして、〈証拠〉(但し、後記措信しない部分を除く)によると、次の事実を認めることができる。

(イ)光輝産業は昭和四二年ごろから工場の移転、設備の拡張等のため多額の資金投入したため運転資金の不足となり、昭和四三年にはすでに右不足額を融通手形の割引や借入金によって填補していたこと、杉本は右会社を立直すため光輝産業の主要取引金融機関であった振興信用組合の理事であった被告三沢、同監事であった被告薄井に対し右会社への経営参加を懇請したところ、被告らは杉本が盲人であることと、光輝産業の事業が被告両名の居住する町田市の産業発展のために有益であるとの考えから同会社に物心両面において援助することにしたこと、それで同年一一月二日前記のとおり被告薄井が同会社の代表取締役に、被告三沢が取締役に就任したこと、そこで、被告両名は同会社に同年一二月に運転資金として合計数百万円を融通し、さらに翌年七月下旬ごろまでの間に数回にわたり、被告三沢は合計一五、七二〇、〇〇〇円を、被告薄井は合計一七、三八〇、〇〇〇円の金員を融資したこと、もっとも、右金額中には被告三沢においては昭和四四年一月金一〇〇万円を、被告薄井においては昭和四三年一二月金五〇〇万円をそれぞれ同会社の増資の払込金として拠出したのに杉本において同人らに無断で運転資金に流用したものも含まれていること、

(ロ)しかしながら、光輝産業は昭和四四年一月から六月まで毎月赤字をだし、同年六月における異積赤字が約一、四七〇万円におよんだこと、同会社の銀行取引は主として住友銀行町田支店ならびに振興信用組合町田支店であったが、そこでの同年二月から六月までの当座勘定取引は月に平均して、前者については約一、〇〇〇万円前後であり、後者については約一、五〇〇万円前後であるのに拘らず、その残額が各五万円を割ることがしばしばあったこと、もっとも、同会社は右以外に銀行預金を持っていたが、歩積の制約を受けそれを運転資金に使うことはできない状態にあったこと、しかるに、同会社は昭和四四年一月末で支払サイド約四ケ月の額面合計約八四〇〇万円の支払手形をかかえているのに、同社の業績は昭和四四年一月から同年四月までの平均売上高が月額一三五〇万円に過ぎず、しかも、同年五月と六月は売上がその半分以下に落ちたこと、したがって、同社の支出に要する資金は常に入金額を上まわり、毎月約五〇〇万円を越える資金不足の事態に陥っていたこと、このように、光輝産業としては、被告らが役員に就任し資金援助をなすに至った昭和四四年一月以降も赤字が累積し、会社運営の資金繰は順次逼迫の度合を深くしており、その経営は、いわゆる自転車操業の状態にあったこと、

(ハ)このような資金不足を乗り越えるため、光輝産業は昭和四四年一月以降は毎月取締役会を開催し、その都度、経理係員二宮晋から、当月および翌月の資金不足の状況の報告を受けたうえで、その資金繰りにつき討議を重ねていたこと、光輝産業の右取締役会は、その当初から前述のとおり、同社としては資金繰りに追われ、しかも、営業成績も悪いところから、資金計画も長期的に討議することができず、場当りてきに、当月および翌月の資金繰に限定して善後策を講ぜざるをえなかったこと、なお、その討議の内容も、当時同社としては銀行等の金融機関からの新たな融資に期待をかけることができないため、資金の不足額の調達を各取締役が個人の信用によって調達する手段しかないところから、まず、代表取締役杉本博治と取締役住吉昭男の両名が他の取締役に先立って資金を調達し、なお、不足額が生じたときに、被告ら両名にその調達をお願することとしたこと、

(ニ)被告ら両名は、光輝産業の取締役に就任した当時、同社から交付を受けた紛飾された決算書の内容を信じ、同社が少額ではあるが営業利益を挙げているものと思っていたが、前項の取締役会に毎回出席し、資金繰りの討議に加わり、被告両名としては、遅くとも本件手形中最初に振出された別紙目録(二)の(3)記載の手形が振出された当時は同社の資金繰りが悪化していることに気づいていたこと。

(ホ)ところで、光輝産業の資金調達を分担した住吉昭男は、経理係員二宮晋のその都度の依頼により、同社の債務弁済、運営資金等の資金調達のため、右二宮より光輝産業振出の受取人欄白地の別紙一および二記載の各手形の交付を受け、受取人欄に自己の氏名を補充し裏書人欄に署名押印をなしたうえで、かねてから知り合いの手形割引業者である原告第七商工に対し、右各手形はいずれも光輝産業の住吉に対する商品代金の支払のため振出された、いわゆる商業手形であると称して、割引を依頼し、その結果、前記一記載のとおり原告ら両名から右手形の割引を受けたこと、原告第七商工は右手形の割引料として額面から日歩八銭の金額を差引き、また、原告都興産は割引料として額面から日歩七銭五厘の金額を差引いた各金員を右住吉に交付したこと、

(ヘ)住吉の前記資金調達の方法については、被告両名を除く、他の役員はいずれも当時の同社の資金繰りの状態からして住吉を介しての町の金融業者からの前記のような資金調達も已むをえないという立場から、これを了承するのみか、むしろ、これに期待をかけていたが、被告両名は非常勤である関係もあって、当初の住吉の割引についてはこれを明確には認識していなかったこと、

(ト)被告両名は前記(ニ)のとおり光輝産業の資金繰りが極めて悪いことを前記取締役会に出席して気付いたものの、代表取締役杉本博治の将来の事業計画に対する説明と同人の事業能力を信頼し、いずれ同社の営業成績も好転し、資金繰りの困窮も解消されるものと軽信して、同人に光輝産業の経営のすべてを任かせきりにし、取締役会に提出された資料以外の同社の経理に関する帳簿等の書類を閲覧検討するなど、同社の経理状況を正確に把握するための努力を一切しておらず、また、右杉本および住吉の前記資金調達方法についても特に関心を示さなかったために別紙目録(一)の1ないし7、同(二)記載の各手形が振出され前記(ホ)記載のとおり原告らにおいて割引かれたこと、ところが、昭和四四年六月四日頃、右杉本が別会社を設立し光輝産業の資産を移転する等の同社に対する背信行為をしていることが判明し、他役員からの助言もあって、被告両名は、はじめて、右杉本から光輝産業の代表者印、手形帳等を取り上げ、これを被告三沢の下で保管せしめると同時に、経理係員二宮に対して同社の資金繰の現状を正確に知るため支払手形の詳細を示す資金繰表の作成を命じたが、右書類が同月二四日の取締役会に提出されるに至りこれにより前記住吉の会社資金の捻出方法についても明確に知るに至ったこと、したがって、被告両名はこの段階で光輝産業の代表取締役または取締役として、同社に対する経営についての監視を強めるべきであるのに、その後も漫然と右住吉および二宮に対し、同会社の運営を任かせるのみでなく、手形振出等の経理事務の一切をも任かせたままで、特に住吉の前記同様の資金捻出方法による本件手形の振出と割引を禁止しなかったために、右期日以降も別紙目録(一)の8ないし16記載の本件手形が振出され前記(ホ)記載のとおり原告らにおいて割引かれたこと、

以上の認定に牴触する〈証拠〉は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によると、被告薄井は光輝産業の代表取締役として、また、被告三沢は同社の取締役としての注意を払っておれば、光輝産業の当時の資金状態からみて、本件手形がいずれもその満期に支払われることが極めて困難な状態にあることを当然予見できたにも拘らず、これを怠たり同会社の経営を前記杉本、住吉、二宮に一切任かせきりにしたままで満然と放置したため、右杉本らによって本件手形が振出され、その結果として前記のとおり原告らに損害を与えたものであり、しかも、被告両名の光輝産業の代表取締役または取締役としての職務を行うについての右所為は、その地位に照らし重大な任務懈怠であると判断せざるをえない。

三、次に、被告三沢の過失相殺の抗弁につき考えるに、被告の主張によると、原告らが本件手形を割引くにつき充分な調査をつくしていない旨主張するが、原告らが前記のとおり住吉昭男の言を信じて本件手形を割引いた理由については、証人荒木由雄および同前田幸一の各証言によると、原告第七商工と住吉昭男とは住吉が個人でエース化成工業所等の事業を経営していた数年前から同人所有の商業手形の割引をしており、これらの手形については一件の不渡事故もなく、原告第七商工としてはこれらの実績から住吉持参の手形についてはかねて信頼をしていたこと、なお、住吉が本件手形振出に際し原告らに対し本件手形の振出人である光輝産業には町田市の有力者で資産家でもあり、しかも、振興信用組合の役員をもしている被告両名が取締役として就任しているので、満期での支払には不安がない旨を告げたこと、原告らは本件手形が住吉のいうように商業手形としての形式を整えていることの確認と光輝産業の経理担当者に対する振出の確認をとったうえで、更に、被告らが光輝産業の取締役に就任していることの確認をもとったうえで、他に、住吉の右言動に不信を抱く特段な事情もないところからはじめて本件手形を各割引いたことを認めることができ、右事実を手形の流通証券性に照らすと、原告らの本件手形の割引行為につき、本件損害賠償額の算定にあたり斟酌すべき過失があると判断することはできない。

四、叙上の事実によると、被告薄井は光輝産業の代表取締役として、また、被告三沢四郎は同社の取締役として、いずれもその職務を行うにつき重大な過失があり、右過失により原告らに対し各所持する約束手形金額から割引料を差引いた金額相当の損害を負わせたものといわざるをえないから、被告らは原告らに対し商法二六六条の三により連帯して右損害を賠償すべき義務がある。

しかるに、原告都興産は被告らに対し別紙目録(一)(1)、(2)、(10)ないし(16)記載の約束手形九通分の手形金額合計五、八八六、六八〇円および右手形のうち(1)、(2)の手形金九八〇、二五〇円に対する本訴状送達の翌日以降である昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、また、右手形のうち(10)ないし(16)の手形金四、九〇六、四三〇円に対する右手形中最後の支払期日である同年一一月一八日から支払ずみまで、それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、前記一並びに二の(2)の(ホ)記載の認定事実によると、原告都興産は住吉に対し前記手形金より日歩七銭五厘の割引料(合計金五八九、六七八円)を差引いた金五、二九七、〇〇二円を手渡していること、別紙(一)の(1)、(2)の手形金額より右割合の割引料(金七八、七二〇円)を差引いた残額か金九〇二、五一〇円であることおよび別紙(一)の(10)ないし(16)の手形金より右割合の割引料(金五一〇、九五八円)を残額が金四、三九四、四九二円であることができるから、被告らは連帯して、原告都興産に対し金五、二九七、〇〇二円および右金員のうち金九〇二、五一〇円に対する右損害の発生後であることの明らかである昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、また、金四、三九四、四九二円に対する同じく右損害の発生後であることの明らかな昭和四四年一一月一八日から右支払ずみまでそれぞれ、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるが、その余の原告都興産の請求は理由がない。

また、原告第七商工は被告らに対し別紙目録(一)(3)ないし(9)、同(二)記載の約束手形一三通分の手形金額合計一〇、七三五、二四九円および右手形のうち同目録(二)の手形金四、五六九、一九九円に対する本訴状送達の翌日である昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、また、同目録(一)(3)ないし(9)の手形金六、一六六、〇五〇円に対する右手形中最後の支払期日である昭和四四年一〇月一八日から民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求めているが、前記一並びに二の(二)の(ホ)記載の認定事実によると、原告第七商工は住吉に対し前記手形金より日歩八銭の割引料(合計金一、一一五、六九二円)を差引いた金九、六一九、五五七円を手渡していること、別紙(一)の(3)ないし(9)の手形金額より右割合の割引料(金六四三、九一六円)を差引いた残額が金五、五二二、一三四円であることおよび、別紙(二)の手形金額より右割合の割引料(金四七一、七七六円)を差引いた残額が金四、六九七、四二三円であることを認めることができるから、被告らは連帯して、原告第七商工に対し金九、六一九、五五七円および右金員のうち金四、〇九七、四二三円に対する右損害の発生後である昭和四四年九月二〇日から支払ずみまで、また、金五、五二二、一三四円に対する同じく右損害の発生後である昭和四四年一〇月一八日から右支払ずみまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるが、その余の原告第七商工の請求は理由がない。

よって、原告らの被告らに対する本訴請求は右範囲において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条但書、第九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条第一項、第三項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口和男 裁判官水谷厚生、同来本笑子は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 山口和男)

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